秦叔逵(Qin,Shukui) 教授は中国臨床腫瘍学会(Chinese Society of Clinical Oncology, CSCO)の創設者の一人であり、南京にある中国人民解放軍東部戦区総合病院に勤務している。秦教授は、中国の肝臓がんの専門家の一人として、革新的な医薬品の国際共同臨床試験へ最初に参画し、GCP(Good Clinical Practice)の中国での実施を推進した。また、彼はCSCOを創設し、臨床腫瘍学の継続教育と学際的な共同研究を実施してがんの診断と治療の標準化を積極的に推進し、中国の臨床腫瘍学の学術水準を高めた。さらに付け加えるならば、彼のがん患者さんへの心遣いは誰にも尊敬の念を起こさせる。

 

今回、筆者は秦教授にインタビューを行う貴重な機会を得た。今号の記事は、「医薬研発達人」が行った中国の臨床腫瘍学の専門家へのインタビューとしては三回目の記事となる(過去の腫瘍学専門家インタビュー記事は以下を参考の事:第13号:呉一龍教授:中国は世界の臨床研究において、重要な役割を果たしている第28号:張 剣教授:中国の若手研究者により多くの成長の機会を!)。

 

中国臨床腫瘍学会(CSCO)創設者 秦叔逵教授

文|毛 冬蕾(Mao,Donglei)

【医薬研発達人】:原発性肝がんは中国で罹患率が高い消化器系の悪性腫瘍であり、その罹患率と死亡率は世界で最も高くなっています。中国における原発性肝がんの診断と治療にはどのような特徴がありますか?まだ何か改善が必要だと思われる点はありますか?

秦叔逵教授:中国の原発性肝がんは、欧米諸国の原発性肝がんと比較すると非常に不均質であり、その病因、疫学的特徴、分子生物学的性質、臨床的特徴、治療戦略、および予後が大きく異なります。例えば、中国の原発性肝がんの主要な病因はB型肝炎ウイルス感染ですが、欧米諸国では主にC型肝炎ウイルス感染と非アルコール性脂肪性肝疾患と関連しています。

国家政府の重点化と支援、肝臓がん領域の専門家の継続的な研究、および肝臓がんの診断と治療の標準化プロセスの進行などの要因により、中国における肝臓がんの診療水準は世界でも優位性を持っています。

しかしここでは指摘すべきことは、肝臓がんの臨床診断と治療の水準がある程度のレベルに達しており、それ以上の研究の進展を妨げるボトルネックになっていることです。また肝臓がんの基礎研究およびトランスレーショナルリサーチ、特にMultiomics研究に関して、中国はまだそれほど進展していないと言わざるを得ないのです。

このため、より多くの基礎研究やトランスレーショナルリサーチの学者が肝臓がんに関する研究に参加し、肝臓がんの治療に貢献することを期待しています。基礎研究とトランスレーショナルリサーチが進展しなければ、肝臓がんの臨床診断と治療は方向性を見失わずに更なる発展を遂げることができません。

【医薬研発達人】:臨床において、肝臓がん領域で主要な一次治療および二次治療の治療薬は何ですか?将来、肝臓がんの診療はどのような方向に発展する可能性があるでしょうか?

秦叔逵教授:肝細胞がんの一次および二次の治療薬は大きく四つのカテゴリーに分けることができます。それはオキサリプラチンを含む化学療法、血管新生阻害剤の分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬、現代漢方製剤です。そして、これらの併用療法も行っています。近年の免疫チェックポイント阻害薬の開発の成功により、従来のがん治療の枠組みが大きく広がり、がん免疫療法の新時代が切り拓かれました。 

将来の免疫療法は、腫瘍と個体の免疫系との相互作用、および腫瘍と臓器との複雑な相互作用に基づいて発展して行くと考えられます。臨床試験の適切な設計、さまざまな免疫チェックポイント阻害薬と他の治療法を組み合わせる方法など、さらなる探求が必要です。私たちは、将来、より多くの正確な個別化標的治療薬や免疫療法が臨床応用され、多くの肝臓がん患者に利益をもたらすと信じています。

【医薬研発達人】:進行肝がんの治療は、単剤療法から免疫療法と分子標的療法などの併用療法へ進化しました。これらの併用療法の有効性と安全性について、どのように評価されていますか?将来、免疫療法はどのような進展をもたらす可能性があるでしょうか?

秦叔逵教授:今の肝臓がんは「がんの王様」という汚名を返上したと言えるでしょう。免疫療法がすでに肝臓がんの主な治療法となり、免疫療法を中心とした併用療法は、肝臓がんの治療全段階で使用されるようになり、肝臓がんの治療戦略と実践が根本的に変わりました。

注意すべき点として、併用療法の使用には、治療効果を高めたり、副作用を減したりすることを証明できる十分な研究データが必要であるということです。全体として、将来の肝臓がんの治療は、免疫療法を中心とした併用療法になり、複数の薬物の組み合わせや薬物と手術、放射線療法、インターベンション、さらにはアブレーションとの組み合わせも含まれ、これらにより肝臓がん患者の生存転帰を好転させることが期待されます。

【医薬研発達人】:臨床で新しい薬物が続々と登場している一方、被験者の安全性を最大限に保護するために、新しい革新的な治療薬の副作用をどのように監視しすべきだと思われますか?

秦叔逵教授:CSCOは15年前からこの問題を重要視し、抗腫瘍医薬品の安全管理委員会を設立しました。有効な腫瘍治療を実現する一方で、薬物の副作用について臨床医師の注意を喚起し、患者の臨床使用の安全性と忍容性を向上させることを期待しています。

例えば、免疫療法は、従来の化学療法や分子標的療法とは多くの異なる点があり、効果が遅いこと、副作用が持続的であることなどが挙げられます。免疫関連副作用(irAE)は独自の発症メカニズムと臨床的特徴を持っています。第一に、これらの副作用は全身の多くの組織や臓器に影響を及ぼす可能性があり、皮膚反応、自己免疫性肝炎、間質性肺炎などが一般的です。第二に、これらの副作用は疾患の全過程にわたって発生する可能性があります。第三に、これらの副作用の対処方としては免疫調整剤や免疫抑制剤の使用が必要です。

医薬品が開発中の期間は、医薬品規制とGCPを厳格に守ることにより、新薬の副作用に対する注意喚起が行われ、被験者の安全性を確保します。また市販後は、使用される対象患者の範囲が広がり、臨床状況もより複雑になるため、薬物の安全性をさらに継続して評価する必要があります。したがって、市販後の臨床試験、非介入臨床研究やリアルワールドデータに基づく薬品の市販後の臨床安全性研究が必要です。

【医薬研発達人】:将来、肝臓がん治療の領域で焦点となる治療方法として、どのようなものがあると考えておられますか?

秦叔逵教授:併用療法が将来の肝臓がん治療の新たな方向であると考えています。2007年にソラフェニブが市販されてからIMbrave150試験のデータが公表されるまで、進行肝がんの治療において大きな突破口はありませんでした。アテゾリズマブ+ベバシズマブ併用療法(A+T療法)は、ソラフェニブの治療効果のボトルネックを初めて打破し、肝臓がんの1次治療に新しい時代を導きました。IMbrave150試験および他の併用療法の研究は、肝臓がん治療にパラダイムシフトをもたらし、有効性、安全性、および利用可能性の高い併用療法を提供しました。同時にこの併用療法は治療の考え方を変え、肝臓がんの研究にも有益な示唆をもたらしています。 

【医薬研発達人】:先生は、多数の中国および国際共同治験(MRCT)を主導されていますが、最も誇りに思っているMRCTの例を挙げていただけますか?

秦叔逵教授:2000年から、私が所属する解放軍八一病院全軍腫瘍センターは、310件以上の国際共同治験および国内の多施設共同臨床試験に参加し、そのうちの146件を主導しました。中国は肝臓がんの発症率が高く、死亡率も高いという特徴を持っています。国際共同治験および国内の多施設共同臨床試験に参加しながら、私たちは多くの経験を積み重ね、多数の症例を提供しただけでなく、中国人の知恵も活用してきました。

多くの肝臓がんに関する新薬の大型国際共同治験において、参加する中国の研究チームの被験者数、質、スピードは、いずれも世界のトップクラスに位置します。例えば、ソラフェニブのアジア地域臨床試験では、アジア太平洋地域の全体で226人の被験者が登録されましたが、そのうち中国本土が180人、台湾が20人で、他の国々は合わせてもわずか26人でした。つまり、中国で登録された被験者は、アジア太平洋地域全体の90%に達しました。

また、免疫チェックポイント阻害剤の臨床試験においても、中国は多くの貢献をしました。例えば、抗PD-1抗体薬カムレリズマブを使用した進行肝がんの2次治療に関する臨床試験では、わずか1年で220人の被験者が登録され、優れた結果を得ました。この過程で、国家医薬品監督管理局の医薬品審査センターの指導と支援を受け、2023年3月18日に新たな適応症が承認されました。登録速度が早いだけでなく、中国における臨床試験の品質も着実に向上しており、それは国際的にも認識されています。

中国の専門家と研究者は、過去の単なる「エキストラ役」から、現在の「時代を牽引する存在」となり、世界の肝臓がんの診療と研究の先頭に立っています。現在、私たちはただ「参加すること」だけに満足せず、中国の現状と中国の肝臓がん患者の特性に合わせて、積極的に革新的な研究を牽引しています。
さらに、中国の製薬会社である恒瑞(Hengrui)、君實(Junshi Bio)、百済神州(BeiGene)なども、肝臓がんの新薬に関する国際共同治験を実施しており、これらの研究は中国の研究者が独自に設計し、主導しています。これらの研究が世界的な肝臓がん対策に重要な貢献をすることを期待しています。

もちろん、外国の専門家と比べたら、私たちはまだ差があり、謙虚に学び続ける必要があります。また、肺がんや乳がんなどのがんの治療の進歩と比べて、肝臓がん領域での進歩はまだ限られていると言えます。したがって、私たちは引き続き努力し、前進し続けます。

肝臓がんの治療方法は日々進化していますが、その治療効果は依然として肺がん、乳がんなど他の多く見られる悪性腫瘍と比べて劣っています。そのため、肝臓がんの研究者は学び続けて、頑張ってその差を縮める必要があります。基礎研究者と臨床研究者との連携を通じて、将来、肝臓がんの診療と研究のレベルを大幅に向上できることを信じています。

【医薬研発達人】: ご自身は医師としての30年以上にわたるキャリアの中で、中国の肝臓がん研究と治療の歴史を変えてきました。過去を振り返って、先生が患者さんに治療を提供し、臨床試験に参加し、健康知識を普及させるために努力されてきた動機は何でしょうか?

秦叔逵教授:まずは第一に、人生には常に重要な選択の機会が訪れます。一旦決断を下すと、最後まで貫徹しなければなりません。医師になって、臨床の第一線で貢献することは、私が幼い頃からの夢でした。第二に、キャリアを築くには高い志を持つこと、革新的なことを行う勇気を持つこと、また革新を上手に行うことが必要だと考えています。医学の最高峰を目指し続けることは、私の一生の追求です。第三に、軍医として、思いやりと愛情を持つことが必要です。患者に奉仕する心構えは、私たちにとって当然の責務であり、避けて通ることができない使命なのです。
 
謝 辞:本記事日本語訳文の校正、フリーランス翻訳者である王琳琳(Wang,linlin)、医薬品開発コンサルタント植村 昭夫博士、医薬研発達人編集長高野 哲臣氏に深く感謝申し上げます。


前号まで
の記事は下記からご覧いただけます。
第59号: 条件付き承認制度を厳格化する新たな規制案は中国の創薬企業に影響を与えるか?第58号: DIAアジア会議2023における中国の規制/業界関連のトピックス
第57号: CDE Annual Reports 2022を紐解く
第56号: 中国における自己免疫疾患治療薬の開発競争: 勝者は誰か?
第55号:CDEの『新薬のベネフィット•リスク評価』ならびに『患者を中心とする臨床試験のデザイン/実施とベネフィット•リスク評価』に関する技術ガイドライン
第54号: ASEANは中国のBiotech/Biopharmaにとって良い市場か?

第53号:中国のADC–10年の蓄積と3年の飛躍–
第52号:第15回DIA中国年会報告(第二弾)  医薬研発達人創刊2周年記念号

第51号:第15回DIA中国年会報告(第一弾)    中国バイオテク企業が日本へ進出するということ

第50号:呉洪福教授:中国は日本の幹細胞産業から何を学べるか

第49号:PhIRDA宋瑞霖執行会長ご講演聴講記

第48号:中国において抗悪性腫瘍薬の単群試験が適用となる6つのケース

第47号:2022 CBIICにて中国医薬品規制改革の成功の軌跡と今後の課題を見る

第46号:2023年度中国国家医療保険償還医薬品リスト(NRDL)交渉結果

第45号:第一三共の中国での野望

第44号:中国における中枢神経系医薬品の研究開発:果てしない闇を越えて

第43号:中国の伝統的なジェネリック医薬品企業はどのようにして創新薬創出企業に生まれ変わったのか?

第42号:王娜アステラス中国開発本部長:アステラスは中国を含む世界同時開発を一歩一歩実現させる

第41号:2022年の中国の製薬企業の導出・導入状況の分析

第40号:中国は「患者を中心とする」新薬臨床開発の時代を開く

第39号:医薬研発達人第39号:2023年新春挨拶

第38号:25th CSCO 2022-CDE Session報告

第37号:海南博鰲(ボアオ)楽城国際医療観光先行区における「中国市場先行参入」の道

第36号:中国における眼科領域新薬開発の現況

第35号:CDEが抗体薬物複合体(ADC)ガイドライン(案)を発出

第34号:DIA AsiaとDIA日本年会を通じて得られた中国に関する知見 

第33号:住友ファーマ中国 纐纈 義隆氏:中国での新たな挑戦

第32号:中国におけるリアルワールドデータの活用

第31号:中国における細胞及び遺伝子治療製品の審査概要と業界動向

第30号:中国における抗悪性腫瘍薬併用療法の開発トレンド

第29号:中国における医薬品の臨床試験中ならびに市販後の変更

第28号:張 剣教授:中国の若手研究者により多くの成長の機会を!

第27号:中国バイオのイノベーションを投資市場の視点から切る

第26号:医薬研発達人創刊1周年に寄せて (2022年7月4日発行、第26号)

第25号:2022年日中医薬健康交流会報告

第24号:CDE相談の現況

第23号:CDEのバイスペシフィック抗体医薬品ガイドラインがもたらすもの

第22号:中国製薬メタモルフォーゼ: BiotechからBiopharmaへ

第21号:中国における小児用医薬品開発の課題―現状を打破するにはー

第20号:2020年に登録された中国臨床試験の全体像から分かること

第19号:中国の製薬会社は、米FDAにおける信達生物製薬(Innovent)の経験から何を学ぶべきか?

第18号:中国の医療保険制度と薬価交渉の概観(下編)

第17号:中国の医療保険制度と薬価交渉の概観(上編)

第16号:中国の新しい希少疾病用医薬品臨床開発ガイドライン

第15号:2018~2021:過去4年間の創新薬の承認状況を振り返って

第14号:医薬研発達人第14号:新春挨拶

第13号:呉一龍教授:中国は世界の臨床研究において、重要な役割を果たしている

第12号:第6回中国医薬創新投資大会(CBIIC):導入(Buy)、フォロー(Follow)、改良(Improve)から真のイノベーションへ

第11号:CDE化薬臨床1部 楊志敏部長ご講演聴講記 (第18回DIA日本年会2021)

第10号:CDEが抗悪性腫瘍薬の臨床開発ガイドライン(案)を発出

第9号:2021年上半期の中国の製薬企業の導出・導入状況の分析

第8号:   中国GVP (Good Vigilance Practice) の公布・施行

第7号:  協和キリン丁 锎氏:日中両国臨床データ相互利用を強化する可能性

第6号:臨床的価値に焦点を当てる優先審査と特別審査 |上市促進プロセス(下)

第5号:中国の画期的治療薬、条件付き承認を多角的に分析|上市促進プロセス(上)

第4号:武田薬品の王  璘:中国の薬品研究開発:世界に追いつき、世界の研究開発をリードする

第3号:1回日中ICH合同シンポジウム:日中協働と相互理解の促進

第2号:NMPAはどのようにICH管理委員会メンバーに再選されたのか?

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創刊号:なぜ、医薬研発達人を立ち上げたのか?|発刊にあたってのご挨拶

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