編集長コメント (2024年2月12日発行、第67号に寄せて)
今回の医薬研発達人第67号では、第65号(2024年1月15日発行)「中国発抗PD-1モノクローナル抗体は如何にして初のFDA承認を得られたのか?」、第66号(2024年1月29日発行)「2023年、大手多国籍製薬企業が中国企業から導入した新薬」に引き続き、3号連続で、近年成長著しい中国製薬企業の世界進出について取り上げる。
第65号では、昨年10月に米国承認を成し遂げた抗PD-1抗体薬toripalimabに焦点を当てたが、今号では将来が有望視されている中国発の核酸医薬、短鎖干渉RNA; small interfering RNA, siRNAに着眼する。
siRNA医薬は、体外で化学合成した低分子2本鎖のsiRNAを細胞内に送り込んで標的mRNAの分解を誘導することにより、そのmRNAによるたんぱく質合成を妨げるというRNA干渉 (RNA interference, RNAi) システムを応用した新規モダリティで、2002年に米国で設立されたAlnylam Pharmaceuticals社が世界のパイオニアかつリーダーである。同社品は、2018年8月のONPATTRO (patisiran) の米国承認を皮切りに、米国で既に4製品が承認されていて、それら製品は順次、欧州や日本を含め世界展開されており、また臨床開発中のパイプラインは20品目にも上る。
siRNA医薬は、異常なたんぱく質が原因となって発症する疾患の治療に広く使えるため、ターゲットとなる疾患は非常に多く、遺伝性疾患や希少疾患はじめ、循環器領域やCNS領域や生活習慣病まで、実に多岐に及ぶ。
また、siRNA医薬は、疾患の原因となるたんぱく質と標的mRNAを見定めた上で開発するので、臨床開発ステージでの失敗確率が低い。
そのような理由もあって、2020年頃から、Global giant pharmasが次々とsiRNA医薬を持つ米国等の企業をM&Aしたり、ライセンス・アライアンス契約を締結したりするなど、ここ数年siRNA医薬には世界から熱い視線が注がれている。
さて、今号で特集した上海に本社を置く舶望製薬 (Argo Biopharma) のホームページ(https://www.argobiopharma.com/) を覗くと、企業のMissionにもVisionにもRNA技術・RNA療法が謳われているなど、今号の本文中に詳細に記載したとおり、siRNA医薬に特化した製薬企業であることが見て取れる。
トップページに現れる表などによれば、同社は、2021年設立でまだ3年にも満たず、社員数も60余名程度なのに、これまでに100 mil USDを超える資金調達を受け、23件の特許協力条約 (Patent Cooperation Treaty, PCT) に基づく国際特許出願を行い、30品目以上の研究開発パイプラインを有し、うち5品目では既に臨床開発入りしている。
なお、同社の臨床開発は、オーストラリアや中国を中心に行われ、CDEの臨床試験情報登録プラットフォームで検索すると、いずれも杭州舶临医药科技を申請人、上海市徐汇区中心医院を主要研究者兼参加施設として、CTR20232382 (BW-00112、脂質異常症)、CTR20233376 (BW-20805、遺伝性血管性浮腫)、CTR20233485 (BW-00163、高血圧症) の3本のphase 1二重盲検国内試験が実施中である。
2024年2月8日(木)に厚労省で開催された「第8回創薬力の強化・安定供給の確保等のための薬事規制のあり方に関する検討会」におけるボストンコンサルティンググループ柳本岳史構成員からの提出資料には、次のような見出しがある。
・新規モダリティに着目したとき、ドラッグロスは拡大傾向であり、現時点で35%、将来的には~75%が日本では使えなくなる可能性 ・具体的なモダリティを見たとき、将来的には再生細胞医療や遺伝子治療薬、核酸医薬をはじめとして多くの製品が"ドラッグロス"に陥る懸念
柳本氏の分析によれば、再生細胞医療、遺伝子治療、核酸医薬においては、日本で、既にドラッグロスが顕在化しており、今後さらに拡大する見込みとのことである。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_37787.html
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中国の核酸医薬に関しても、これまでのところは、中国での承認薬は輸入品に頼っていて、ドラッグラグも生じているが、舶望製薬 (Argo Biopharma) はじめ、いくつもの中国企業が、米欧の外国企業と提携するなどして、現在、中国内外でsiRNA医薬の研究開発を進めており、中には、今号の本文中にも記載したとおり、中国発の核酸医薬がGlobal giant pharmaに世界導出されるケースまで既に存在している。
あくまでも、現時点での筆者の個人的な感触に過ぎないが、中国の将来の核酸医薬におけるドラッグロスは、日本ほど深刻ではないかも、と感じる。
一般論として、日本の創薬ベンチャーは、パイプライン、資金、人材のいずれもが潤沢でなく、またそれらの供給源が国内に限定され、臨床開発も国内試験が主流であり、それらは密接に相互に関連していると聞く。従って、Initial Public Offering, IPOに際しては国内の東証を目指すし、自社単独でProof of Concept, POCを取るのは容易でなく、世界的な大型導出にはほとんど結び付かない。
一方、米国の創薬ベンチャーは、パイプライン、資金調達、専門的な人材が、いずれも豊富かつ国際的であり、当然、臨床開発はMulti-Regional Clinical Trial, MRCTであり、米国NASDAQでの上場を目指し、自社単独でPOCを取り、中には自社でNDA/BLA承認まで成し遂げ、Global giant pharmasへの大型導出やM&Aを出口戦略としている。
そして、中国の新興biopharmaは、日米の中間というよりは米国にだいぶ近いと感じる。資金調達は中国国内がメインで、IPOは通常、香港市場や上海市場であるが、パイプライン(の種)や人材の多くは米国帰りで、自社単独でPOC以降の後期phase試験も中国国内やMRCTで行い、自社で中国承認を成し遂げるとともに、Global giant pharmasへの世界的な導出を目指している。
近年の中国の新興biopharmaのビジネスモデルには、日本再浮上のヒントが必ずある。
高野 哲臣(t2T Healthcare株式会社代表取締役社長)
文 | 毛冬蕾(Mao, Donglei)
まぶしく輝く若手ベンチャー企業ARGO

Argo Biopharmaの創設者兼 CEO である舒東旭博士
Argo Biopharmaとは、古代ギリシャ神話に登場する船の名前「アルゴ」に由来している。アルゴの船員たちはアルゴノーツと呼ばれ、困難を乗り越えて権力の象徴である金色羊の毛皮(金羊毛)を手に入れる。Argonaute は RNAi メカニズムにおいて最も重要なタンパク質であり、siRNA が Argonaute2 を介して mRNA を分解することと、古代ギリシアのアルゴが勝利の彼岸に到達して患者に希望をもたらす二つの意味を掛けている。
日本語訳と編集、レビューをいただいた石薬集団チーフメディカルオフィサー項 安波(Xiang,Anbo)博士、東方伊諾の董 方(Dong,Fang)様、医薬品開発コンサルタント植村 昭夫博士、医薬研発達人編集長高野 哲臣氏に深く感謝申し上げます。
前号までの記事は下記からご覧いただけます。
第66号:2023年、大手多国籍製薬企業が中国企業から導入した新薬
第65号:中国発抗PD-1モノクローナル抗体は如何にして初のFDA承認を得られたのか?
第64号:医薬研発達人第64号: 2024年新春挨拶
第63号:なぜ香港は新たな医薬品医療機器規制当局を設立するとともに、ICHに参加するのか?
第62号:第7回『研発客』臨床年次総会兼ChinaTrials15速報:日本の新規制が中国製薬企業の日本進出に与える影響
第61号:DIA日本年会2023参加報告 ーChina Townhallを中心に
第60号:秦叔逵教授:「がんの王様-肝臓がん」の治療法の進展
第59号: 条件付き承認制度を厳格化する新たな規制案は中国の創薬企業に影響を与えるか?第58号: DIAアジア会議2023における中国の規制/業界関連のトピックス
第57号: CDE Annual Reports 2022を紐解く
第56号: 中国における自己免疫疾患治療薬の開発競争: 勝者は誰か?
第55号:CDEの『新薬のベネフィット•リスク評価』ならびに『患者を中心とする臨床試験のデザイン/実施とベネフィット•リスク評価』に関する技術ガイドライン
第54号: ASEANは中国のBiotech/Biopharmaにとって良い市場か?
第53号:中国のADC–10年の蓄積と3年の飛躍–
第52号:第15回DIA中国年会報告(第二弾) 医薬研発達人創刊2周年記念号
第51号:第15回DIA中国年会報告(第一弾) 中国バイオテク企業が日本へ進出するということ
第50号:呉洪福教授:中国は日本の幹細胞産業から何を学べるか
第48号:中国において抗悪性腫瘍薬の単群試験が適用となる6つのケース
第47号:2022 CBIICにて中国医薬品規制改革の成功の軌跡と今後の課題を見る
第46号:2023年度中国国家医療保険償還医薬品リスト(NRDL)交渉結果
第44号:中国における中枢神経系医薬品の研究開発:果てしない闇を越えて
第43号:中国の伝統的なジェネリック医薬品企業はどのようにして創新薬創出企業に生まれ変わったのか?
第42号:王娜アステラス中国開発本部長:アステラスは中国を含む世界同時開発を一歩一歩実現させる
第40号:中国は「患者を中心とする」新薬臨床開発の時代を開く
第39号:医薬研発達人第39号:2023年新春挨拶
第38号:25th CSCO 2022-CDE Session報告
第37号:海南博鰲(ボアオ)楽城国際医療観光先行区における「中国市場先行参入」の道
第35号:CDEが抗体薬物複合体(ADC)ガイドライン(案)を発出
第34号:DIA AsiaとDIA日本年会を通じて得られた中国に関する知見
第33号:住友ファーマ中国 纐纈 義隆氏:中国での新たな挑戦
第31号:中国における細胞及び遺伝子治療製品の審査概要と業界動向
第29号:中国における医薬品の臨床試験中ならびに市販後の変更
第28号:張 剣教授:中国の若手研究者により多くの成長の機会を!
第27号:中国バイオのイノベーションを投資市場の視点から切る
第26号:医薬研発達人創刊1周年に寄せて (2022年7月4日発行、第26号)
第23号:CDEのバイスペシフィック抗体医薬品ガイドラインがもたらすもの
第22号:中国製薬メタモルフォーゼ: BiotechからBiopharmaへ
第21号:中国における小児用医薬品開発の課題―現状を打破するにはー
第20号:2020年に登録された中国臨床試験の全体像から分かること
第19号:中国の製薬会社は、米FDAにおける信達生物製薬(Innovent)の経験から何を学ぶべきか?
第15号:2018~2021:過去4年間の創新薬の承認状況を振り返って
第13号:呉一龍教授:中国は世界の臨床研究において、重要な役割を果たしている
第12号:第6回中国医薬創新投資大会(CBIIC):導入(Buy)、フォロー(Follow)、改良(Improve)から真のイノベーションへ
第11号:CDE化薬臨床1部 楊志敏部長ご講演聴講記 (第18回DIA日本年会2021)
第10号:CDEが抗悪性腫瘍薬の臨床開発ガイドライン(案)を発出
第9号:2021年上半期の中国の製薬企業の導出・導入状況の分析
第8号: 中国GVP (Good Vigilance Practice) の公布・施行
第7号: 協和キリン丁 锎氏:日中両国臨床データ相互利用を強化する可能性
第6号:臨床的価値に焦点を当てる優先審査と特別審査 |上市促進プロセス(下)
第5号:中国の画期的治療薬、条件付き承認を多角的に分析|上市促進プロセス(上)
第4号:武田薬品の王 璘:中国の薬品研究開発:世界に追いつき、世界の研究開発をリードする
第3号:1回日中ICH合同シンポジウム:日中協働と相互理解の促進
第2号:NMPAはどのようにICH管理委員会メンバーに再選されたのか?
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